変わりゆく米国大学入試:SATから活動実績重視へ
公開日: 2024年8月15日
「1350点以上取れれば、ボストンの名門校も視野に入る」—20年以上前、私が留学エージェントからもらったアドバイスです。当時の私は東京のオフィスで深夜まで働きながら、週末はSAT対策の予備校に通い、あのごつい赤い単語帳を片手に電車の中でも勉強していました。結果的に目標スコアを達成し、憧れのボストンの大学に合格できたときの喜びは今でも鮮明に覚えています。
2000年代初頭、私がボストンの大学に入学した頃は、SAT(Scholastic Assessment Test)が大学入試の「王様」でした。SATは英語と数学のセクションから成り、各セクション800点満点の計1600点。特に国際学生にとっては、このスコアが合否を大きく左右していました。当時の私は「SATの点数さえ良ければ、あとは何とかなる」と考え、スコア向上に全精力を注ぎました。エッセイやExtracurricular Activities(課外活動)も必要でしたが、それらは「チェックボックス」を埋めるような存在でした。
しかし、今や状況は一変しています。私の4人の子どもたちが順番に米国の大学入試に直面する中で、その変化を肌で感じています。長男は3年前に大学に進学しましたが、次男は来年受験を控えており、三女と四女も続きます。子どもたちのカウンセリングに同席するたびに「私の時代と大きく違う…」と驚かされます。
特に印象的なのは、SATが「必須」から「オプション」へと立場を変え、代わりに高校4年間の総合的な実績—特にAP(Advanced Placement)コースの履修状況、GPA、課外活動での深い関与、そして個性を表現するエッセイが重視されるようになったことです。この記事では、私自身の留学体験と4人の子どもたちを通して見た現在の米国大学入試事情を比較しながら、最新の動向と対策をお伝えします。
1. SAT・ACT:かつての王様から「オプション」へ
20年前:
SAT/ACTは大学入試の中心的な指標。高スコアは名門大学への切符だった。
現在:
全米の4年制大学の約80%がテストオプショナル。コロナ禍をきっかけに不要化が加速。
私がボストンの大学に入学を目指していた2000年頃、SAT(とACT)は大学入試の「顔」でした。私も含め多くの受験生がSATの点数を上げるために何ヶ月もの時間を費やし、予備校に通い、問題集を何冊も解きました。しかし、現在ではその重要性は大きく低下しています。
Fairtest.orgのデータによると、2025年度の入学選考において、米国内の学士号を授与する2,000以上の機関がテストスコアを必須としていません。これは全体の約80%に相当します。特に注目すべきは、一部のアイビーリーグ校(イェール、ブラウン、コーネル)がテスト必須方針に戻したことから、この流れに逆行する動きも出始めていますが、依然として多くの大学がテストオプショナル方針を継続しています。
長男が大学を探し始めた2021年は、コロナ禍の影響でほとんどの大学がテストオプショナル方針を採用していました。私はSAT全盛期の経験から「テストは絶対に受けるべき」と主張しましたが、彼のカウンセラーは「テストスコアに時間を使うより、APクラスでの成績維持と課外活動でのリーダーシップを示す方が重要」とアドバイスしました。結果的に長男はSATを提出せずに志望校に合格しましたが、逆に数学が得意な次男は高いSATスコアを武器に志願する予定です。つまり、テストオプショナルは「選択肢が増えた」ということなのです。
テストオプショナル方針が普及した理由は、従来の標準テストが社会経済的背景による差を反映してしまうという公平性への懸念、そして一回のテストだけでは学生の真の能力や可能性を測れないという認識が広がったためです。
ただし、「テストオプショナル」は「テスト不要」を意味するわけではありません。実際の入学者データを見ると、高いスコアを持つ学生は依然として提出する傾向があり、それが合否に有利に働くケースも少なくありません。私の長男が入試を経験したとき、「テストオプショナルは本当にオプショナルなのか?」という疑問を持ちましたが、結論としては「高いスコアがあれば出した方が有利だが、自信がなければ出さないという選択肢もある」というのが現実的な解釈のようです。
2. 重視される高校での履修内容とGPA
20年前:
成績は重要だが、SATスコアがあれば多少のGPAの低さはカバーできた。
現在:
履修科目の難易度とGPAが最重要評価項目に。特にAP(Advanced Placement)の履修数と成績が重視される。
全米大学入学カウンセラー協会(NACAC)の調査によると、大学入学判定において最も重要視される要素は「高校での履修科目の難易度」と「GPAのスコア」となっています。特に選抜度の高い大学では、AP(Advanced Placement)コースや国際バカロレア(IB)などのチャレンジングなコース履修が強く求められています。
次男が在籍する高校では、カウンセラーから「トップ校を目指すなら最低でも5〜7つのAPクラスを取るべき」とアドバイスされました。私の留学時代には2〜3つのAPクラスを取れば「優秀」と見なされていたのに対し、現在は倍以上が当たり前になっています。次男は得意な数学と科学系を中心に、11年生(高校2年生)だけで4つのAPクラスに挑戦。朝6時に起きて勉強し、夜は部活と宿題に追われる毎日です。私の時代より明らかに要求水準が高くなっていると感じます。
APコースを多く履修することで、以下の点が評価されます:
特に、SATやACTの重要性が下がる中で、APテストのスコアは学生の学力を示す重要な指標となってきています。テストの選択性が高まる中で、APテストは逆にその重要性を増していると言えるでしょう。
APクラスは大学入試で重要なファクターになるため必読。APクラスの選び方、対策法、スコアの活かし方など、詳細に解説しています。
3. 課外活動:「量より質」の時代へ
20年前:
多くの活動に参加する「オールラウンド型」の学生が評価されていた。
現在:
特定分野での深い関与や、リーダーシップ、独自のイニシアチブが高く評価される。
課外活動の評価についても、大きな変化が見られます。私が受験した時代は「様々な活動に参加する万能型の学生」が理想とされていましたが、現在は「特定の分野に深く関わり、インパクトを残した学生」が高く評価される傾向にあります。
三女は環境保護に強い関心を持っています。私の時代なら「環境クラブに参加」「リサイクル活動に参加」というように複数のクラブに名前を連ねるだけでも評価されましたが、現在はそれだけでは不十分です。三女は単に環境クラブの一員として活動するだけでなく、学校の廃棄物削減プロジェクトをリードし、地元政府と協力して実際に学校のリサイクルシステムを改善しました。さらにその経験を活かし、近隣の中学校にも同様のシステム導入を提案。このような「深い関与」と「実際のインパクト」が現代の入試では高く評価されます。
アドミッションオフィサーが注目する課外活動の特徴は:
注目すべきは、アドミッションオフィサーが「裏付けのない活動の羅列」をすぐに見抜くという点です。単に「参加した」だけでなく、「何を学び、どんな貢献をしたのか」という実質的な内容が問われます。
4. エッセイ:合否を分ける重要な要素に
20年前:
エッセイはあくまで補助的な役割。合否を左右することは少なかった。
現在:
願書審査の約25%を占める重要な要素。人間性や思考の深さを評価する唯一の手段としての価値が高まっている。
SATやACTの重要性が低下する中、大学は学生の「人となり」を知るための手段としてエッセイの重要性を高めています。CollegeVineのデータによると、トップ250校では、エッセイが審査全体の約25%を占めると言われています。
現在高校1年生の四女は、すでにエッセイのネタ集めを始めています。私が留学した時は出願直前に「なぜこの大学を志望するのか」といった定型的な内容を書いただけでしたが、今は違います。四女は日記を付け、自分の経験や考えを定期的に振り返る習慣をつけています。「自分の価値観や人生観が表れるような小さな瞬間」を意識的に記録し、将来のエッセイ執筆に備えています。私は「そこまで準備が必要なのか」と驚きましたが、カウンセラーによれば「エッセイは長期間かけて洗練させていくもの」とのこと。実際、長男の時はエッセイの添削に1ヶ月以上かけました。
優れたエッセイは、学生のユニークな視点、批判的思考能力、そして自分の経験をどう理解し成長につなげているかを示すものです。テストスコアでは測れない、その学生ならではの価値を伝える最良の機会です。
効果的なエッセイの特徴:
重要なのは、エッセイが単なる「活動の羅列」や「自己宣伝」ではなく、自分の考え方や価値観、成長の軌跡を示すものであるということです。四女が現在エッセイの準備を始めていますが、彼女には「完璧な自分を見せようとするのではなく、本当の自分を見せること」をアドバイスしています。
5. 今後の展望と子どもたちへのアドバイス
米国の大学入試は今後も変化し続けるでしょう。いくつかのアイビーリーグ校がテスト必須方針に戻りつつあることから、振り子が再び揺れ戻す可能性もありますが、「一人の学生を多面的に評価する」という大きな流れは変わらないと考えられます。
私が子どもたちにアドバイスしていることをいくつか共有します:
- 早期から計画を立てる:9年生(日本の中学3年生)から履修計画を立て、徐々にチャレンジングなコースを増やしていく
- 情熱を見つけ、深める:多くの活動に手を出すより、本当に興味のある分野で深く活動し、成果を出す
- 自己認識を深める:自分の強み、成長した点、価値観を言語化できるよう、日々の経験を振り返る習慣をつける
- バランスを保つ:合格のためだけに生きるのではなく、高校生活を楽しみながら成長することが、結果的に魅力的な願書につながる
- テストスコアも無視しない:テストオプショナルでも、良いスコアは武器になる。特に選択性の高い大学や、特定の強みを示したい場合は有効
最後に、変わりゆく入試傾向の中で一貫しているのは、大学が「成長の可能性を秘めた、多様な視点を持つ学生」を求めているという点です。私自身、20年以上前の入試と比べると、現在の方がより「全人的」な評価がされているように感じます。それは大変である一方、自分らしさを表現できるチャンスでもあります。
APクラスは大学入試で重要なファクターになっています。APクラスとは何か、どのように選ぶべきか、試験対策、スコアの活用法まで詳しく解説しています。大学入試を控えるご家庭は必見の情報です。
過去20年間の米国大学入試の変化:まとめ
評価項目 | 20年前 | 現在 |
---|---|---|
標準テスト (SAT/ACT) |
最重要要素のひとつ。高スコアが必須 | 約80%の大学でオプション化。一部の大学は必須に回帰 |
高校の履修内容 | 重要だが、AP数は少なくても問題なし | 最重要要素。APやIBなどの高度な科目履修が強く推奨 |
GPA | 重要だが、テストスコアでカバー可能 | 最重要要素。特に上級科目でのGPAが重視される |
課外活動 | 多様な活動への参加(量) | 特定分野での深い関与とリーダーシップ(質) |
エッセイ | 補助的要素 | 合否を左右する重要要素(トップ校では審査の約25%) |
推薦状 | 基本的に好意的なもの | 具体的なエピソードと洞察が求められる |
志願者数 | 適度な競争 | Common Appの普及で志願者数が激増し、合格率が低下 |